検討問題:(i)*(-i)の虚空間について:(i)と(-i)の関係の考察

検討問題:(i)*(-i)の虚空間について:(i)と(-i)の関係の考察


テーマ:プラトニック・シナジー理論


(i)は、原自己であり、(-i)は原他者であり、前者から後者への志向性がある。認識エネルゲイアである。具体的に言うと、思惟から延長への志向性、精神から身体への志向性を考えることができるだろう。これを、陽の方向、+の方向としよう。私の考えでは、この方向だけでなく、他者から志向性があると考えられるのである。つまり、延長から思惟、身体から思惟である。これが、虚偽のように思われるかもしれないが、純粋に他者を差異と考えれば、この逆の志向性は考えられるのである。そして、この志向性の方向を、陰の方向、−の方向としよう。この両方向、双方向において、つまり、即非的結合、差異と差異との結合が生成すると言えよう。当然、零度の共振シナジーである。数式化すると、(i)⇔(-i)となるだろう。思うに、ここにおいて、牽引と反発が生じるだろう。牽引の場合が、当然、純粋即非関係であり、反発の場合が、倒錯、反差異的同一性の形成である。自己と自我が対生成すると言っていいだろう。つまり、(i)*(-i)⇒+1の場合が自己であり、―[(i)*(-i)]⇒−1が自我(近代的自我)である。
 さて、生命を考えるとき、(i)*(-i)が原生命ないし生命の原型、生命のイデアであろう。これは、実は、無生物の原型・イデアでもあるだろう。とまれ、陽の方向(志向性)と陰の方向(志向性)が双方向である生命を形成しているのである。そして、この相互性が解体したときが、死であろう。問題は、陽の方向が意識とされ、陰の方向が身体と考えられていることであろう。それは、正しくないだろう。二つの反対の意識があると見るべきだろう。陽意識と陰意識である。(深層心理学は、後者を無意識と呼んでいるが、ある意味で正しいだろう。)言い換えると、光意識と闇意識である。一般に意識は前者であるから、後者を察知できないと言えるだろう。どうして、このような非対称性があるかと考えると、それは、人間の精神が、前者に傾斜しているからだろう。つまり、意識が本来二重であるのにかかわらず、普通一つの意識しかもたないのである。そのために、二重人格化すると言えるだろう。つまり、自己の意識と他者の意識の双方向二重意識があるのに、前者のみ、認識しているに過ぎないのである。だから、身体とは、実は、他者の意識なのである。私という個体は、自己の意識と他者の意識の複合体なのである。(思うに、宗教は、ここから説明できるだろう。つまり、他者の意識が、なんらかの神や超自然的声になるだろう。)そして、この二重意識が、物質科学的には、DNAとして形成されているのだろう。(i)*(-i)が二重意識の原点であり、また、DNAの原点的本体であるだろう。(雌雄の別だが、これは、牽引と反発の区別で説明できるのではないだろうか。前者が女性であり、後者が男性である。)おそらく、(i)*(-i)の複合化(順列や組み合わせ等)が多様な生命や現象を説明するのではないだろうか。とまれ、(i)*(-i)という原・対意識が万象の根源と考えられるだろう。
 では、この対意識において、陽意識と陰意識とはどういうものか見てみよう。(i)⇒(-i)という陽意識は、天から地への志向性であり、 (-i)⇒(i)は、地から天への志向性である。思うに、地霊というものは、後者ではないだろうか。
 さて、問題は、この双方向エネルゲイアのあり様である。明らかに、太極性があるだろう。直観では、陰と陽で捩れて、らせん運動をするのである。天と地とのらせん運動である。さらに直観では、これが、大宇宙の形成を説明するのである。渦巻星雲の形成。これは、思うに、ガウス平面と直交する軸が時間軸になるのではないだろうか。
 では、先にあげた問題、イデア界とメディア界の関係はどうなるのか。思うに、イデア軸、メディア軸、現象軸、時間軸の四つの軸、四次元が必要ではないだろうか。現象を三次元空間と見れば、計六次元空間であろうし、現象を二次元空間とみれば、全体で五次元空間であろう。