2006-02-01から1ヶ月間の記事一覧

ポストモダン時代の近代的自我という「精神病」とポストモダン革命の

ポストモダン時代の近代的自我という「精神病」とポストモダン革命の構造 (ポストモダン時代における近代的自我という「精神病」の構造分析:その2:不連続的差異論の視点から) 本件について、先に、賦活された《メディア》エネルギーを、近代的自我は、…

ポストモダン時代における近代的自我という「精神病」の構造分析

ポストモダン時代における近代的自我という「精神病」の構造分析 近代的自我というパラノイア性については、既に論じ尽くした観があるが、ここでは、それを、不連続的差異論からより精緻に構造分析したい。 既に、問題は、メディア界から現象界への捩れによ…

イデア界と現象界の関係:不連続的差異と特異性

ヌース理論を提唱されている半田氏からのコメントがヒントとなって、不連続的差異論におけるイデア界と現象界との関係を明確・明瞭化する必要があると感じた。 不連続的差異論は、ドゥルーズの差異理論におけるニーチェ(とキルケゴール)の特異性・単独性si…

近代主義と構造主義とポストモダンとポスト構造主義との違い:不連続

近代主義と構造主義とポストモダンとポスト構造主義との違い:不連続的差異論の視点から A)近代主義 B)構造主義 C)ポストモダン D)ポスト構造主義 これら4つは、不連続的差異論の視点から明確に区別することができる。 1.イデア界/IM境界/2.メディア界…

イデア界の不連続的差異イデアのイメージのスケッチ

イデア界の不連続的差異イデアのイメージのスケッチ 今、ヌース理論が説かれている『光の箱舟』を読んでいる最中であるが、いろいろアイデアが浮かんでくる。ヌース理論では、イデアに4+1の5次元を想定している。それを借りて、不連続的差異論的に、素描…

神道とイデア論/不連続的差異論:メディアとイデアとの関係、他

神道とイデア論/不連続的差異論の関係を検討しよう。神道の《神》とは、メディアであるのか、イデアであるのかということである。これは、イデア界とメディア界の関係の問題でもある。ここで、平田篤胤/折口信夫の宗教観を想起するのである。平田篤胤の宗…

『武士道』と多神教と不連続的差異論:源流としての日本多神教・神道

『武士道』と多神教と不連続的差異論:源流としての日本多神教・神道 新渡戸稲造の『武士道』は、印象では、とてもなつかしいものである。また、確かに、自分の心性の一部に通じるものがあると感じた。当然、日本文化の底流と通じるのだろう。現代人にとり、…

古典的日本人の心性と現代的日本人の心性:メディア界と現象界:ポス

古典的日本人の心性と現代的日本人の心性:メディア界と現象界:ポスト一神教と新多神教 先に、『平家物語』を拾い読みして、その封建的主君家来との一体性の強さを感じた。いわば、血の結ばれである。しかし、現代では、そのような感情は排斥されて、ドライ…

言葉と心:知と心:現代日本における情操・教養教育、想像力の欠落:

言葉と心:知と心:現代日本における情操・教養教育、想像力の欠落:古典を読もう。 今ベストセラーの藤原正彦氏の『国家の品格』の中で、実際的には役に立たない教養が、構想力を生むようなことが書かれていた。これは、コロンブスの卵であった。現代日本の…

倫理、共感性、近代的自我:日本「資本主義」、欧米資本主義、《イデ

この問題は、ODA ウォッチャーズ氏が、述べていることと関係する。 《 これは、夢遊病患者が、まさに「現実」から「逃避する」と供に、「自分の想像上の『現実』」に「逃避する」という。二重の逃避を始めたことになる。》http://blog.kaisetsu.org/?eid=317…

《イデア》とは何か:《理念》とは心(倫理)と知性との統一である。

《イデア》とは何か:《理念》とは心(倫理)と知性との統一である:《イデア・ポストモダン》へ向けて 《イデア》あるいは《理念》というと、抽象的で、冷たいものと考えられるだろう。しかし、不連続的差異論において、《イデア》あるいは不連続的差異とは…

マルチチュードの問題:共通性/多様・多数性と差異共立性

『現代思想』2003年2月号の「討議:帝国を越えて」でマイケル・ハート氏と長原豊氏が対話しているが、その中で、不連続的差異論に通じる考えを見つけた。ハート氏は、《さまざまなグループが、単独性、差異性を保ちつつも、一緒に行動した。私はこれを…

はてなダイアリーにおいて、不連続的差異論に関して、疑問を呈してい

以下、はてなダイアリーにおいて、不連続的差異論に関して、疑問を呈していられた方がいました。それに関する、コメントを以下転載します。 ____________________________________ antares 『初めまして。不連続的差異…

西洋文明の終焉と新地球・ガイア文明の創造へ向けて:不連続的差異論

西洋文明の終焉と新地球・ガイア文明の創造へ向けて:不連続的差異論という文理統一理論の創造 藤原正彦氏は、『国家の品格』(新潮選書)で、論理と情緒を対立させているが、私見では、知魂ないし知心魂ないし知心魂身体があり、心を中心に、知性の極と魂性…

不連続的差異論の《メディア》について

ODA ウォッチャーズ氏の《メディア》に関する理論化によって、不連続的差異論の新たな地平が開けたと考えられる。即ち、《メディア》が、文理統一の領域となったのである。例えば、文科系の「心」を、《メディア》と考えればいいし、同時に、理科系の量子も…

魂とイデア界:その2;メディアとイデアの接点の構造

先の考察は、散漫なので、もう少し、ポイントをしぼって考察しよう。橋本裕氏の日記に、”2月6日(月) 個体意識と「霊魂」”があり、そこで引用されている論考は同感できるものである。 http://home.owari.ne.jp/%7Efukuzawa/diary.htm http://www.ctk.ne.j…

マイケル・ポランニーの暗黙知と不連続的差異論:toxandria氏の考察

マイケル・ポランニーの暗黙知と不連続的差異論:toxandria氏の考察に基づいて 先に、toxandria氏のマイケル・ポランニーの暗黙知や「dynamo-objective coupling」の概念が、不連続的差異論と共通するものがあるのではないかと述べたが、ここで、それについ…