時間次元と立体三次元について

今は、簡単に触れるが、X軸=イデア軸、Y軸=メディア軸、Z軸=現象軸としたとき、不連続的差異=イデアの1/4回転によって、垂直に捩れて、XYZ立体次元を形成する。時間は、一見、Z軸であるように思われるかもしれないが、捩れの次元を時間次元と作業仮説したい。
 半田氏が、先に、Y軸=虚軸を奥行きの方向ではないかと示唆されたが、それを肯定すると、X軸は高さや深みとなるだろう。ケルト神話において、他界が、水平方向と垂直方向の両方あるというのは、水平方向をY軸=虚軸の方向、垂直方向をX軸=イデア軸ととれば、この両者は、1/4回転によって結びついていると考えることができるだろう。
 簡単に言えば、メディア界は、前後方向に、イデア界は、上下方向にあると言えるだろう。

p.s. 神話思考において、水平性と垂直性が混同されると言えるのではないだろうか。神話思考を、レヴィ=ストロースは、構造主義として捉えたのであるが、神話構造主義とは、メディア界の構造、即ち、対極性(陰陽)の構造を意味しているだろう。しかし、これは、このまま、ポスト構造主義である。デリダドゥルーズの「ポスト構造主義」とは、レヴィ=ストロース構造主義だと思う。混乱があるのである。少なくとも、2つの構造がある。一つは、同一性構造=弁証法構造であり、一つは、対極性(陰陽)構造である。
 思うに、用語の混乱があるのである。レヴィ=ストロース構造主義=「ポスト構造主義」であり、デリダ脱構築ドゥルーズの差異哲学は、同一性構造=弁証法構造を批判しているのである。だから、「ポスト構造主義」は、ポスト同一性主義とすべきであり、それは、構造主義である。
 結局、問題は、現象学の問題である。現象学こそ、フッサール現象学こそ、ポスト近代主義を問題にしていたのである。構造主義=「ポスト構造主義」とは、東洋哲学である。そして、ニーチェ哲学やフッサール現象学は、ポスト・「ポスト構造主義」であったのである。フランス現代思想とは、ニーチェ哲学と現象学というポスト近代主義を、ファッションにしたと言えるだろう。
 問題は、レヴィ=ストロース構造主義の意味である。これは、弁証法構造と混同されたきらいがある。構造主義=対極構造主義と言うべきであろう。弁証法構造は、同一性構造である。この両者の混乱があったと言えよう。確かに、構造主義=「ポスト構造主義」は、一種のポスト近代であるが、それは、東洋主義である。しかし、真のポスト近代主義とは、ポスト・「ポスト構造主義」である。ニーチェフッサールがこの先駆なのである。ドゥルーズは、構造主義=「ポスト構造主義」とポスト・「ポスト構造主義」をいっしょくたにしたと言えよう。ここで、《ポストモダン》の混乱が起こったと言えるだろう。