諸考察:開示(「黙示」)されたMedia Pointによる地球世界進化(相

諸考察:開示(「黙示」)されたMedia Pointによる地球世界進化(相転移)へ向けて


テーマ:メディア・ポイントMedia Point


1)Media Point的地球世界進化(相転移)へ向けて:これは検討課題である。


2)グラマトロジーエクリチュール主義(書記・文字言語主義)のもつ一つの正しさ:
 極論すれば、目に見えるもの(エクリチュール)と目に見えないもの(精神、知、超越性、等)との即非的共立・共振・両義・相補・太極性に「真理」がある。換言すると、Media Point的事象こそ、真実在・真如である。メルロ=ポンティ現象学の再評価へ。


3)アメリカ英語は、超越論的差異ないし超越論的同一性主義である。とにかく、超越論的構造支配があると思われる。これは、アメリカにおいてキリスト教プロテスタンティズム)が支配的なのと関係する。


4)三島由紀夫ニヒリズムについて:
 三島は超越論的差異のもちうるニヒリズム(これは、ニーチェハイデガーに通じるだろう。そう、実は、キリスト教が超越論的差異の位置にあるので、キリスト教自体がニヒリズムを生み出したとも言えなくはないだろう。キリスト教自体が神の死をもたらしたのではないだろうか。後で検討。)に、極端に囚われていた。『豊饒の海』の第三巻の『暁の月』の阿頼耶識論は、真の阿頼耶識論ではなく、超越論的差異論であり、ポスト・モダン的であったと考えられる。付け加えると、彼の「無」は、D. H. ロレンスの闇に共通するものがあるだろう。しかし、ロレンスの場合、三島より、明確に、Media Point的要素が入っていた点で異なるだろう。
 

5)身体性について:
 同一性合理性に対して、身体性を優位にすることは、反動となる。光に対して、闇を優位にすることになる。まとめると、同一性・合理性・光VS差異・身体性・闇の二項対立から、両項の即非・共振・両義・相補・太極性へと転換することが必要である。モダン/ポスト・モダンからトランス・モダン的相転移へ。


6)資本主義から脱資本主義=トランス・キャピタリズムへ:
 資本主義の本質は、差異を同一性(貨幣・交換価値)へと、質から量へと転換することのうちに存している。これは、エントロピーの増加であり、熱力学的死、無機的な死・消滅・破壊・解体へと向う。地球温暖化はこの帰結である。また、知性・精神破壊も同様である。そして、資本主義の矛盾・パラドクスは、新たな差異の創造なくしては、同一性の量を増加させることができないことのうちにある。一方では、差異を食い潰して、同一性化するが、他方では、差異を最高度に必要とするというパラドクス・矛盾である。結局、このパラドクシカルな経済を展開しているのが、グローバル資本主義であり、地球世界は最大の危機に陥っている。
 哲学的には、ポスト・モダンの様態から脱出できない状況と言える。それは、超越論的差異(ハイデガーの存在やドゥルーズの差異に当たる)の様相に嵌り込んでいて、超越性、超越的差異、超越的即非差異へと超出・エクソダスできない状態である。 
 PS理論によれば、差異と同一性の即非共振・共立・相補・両義・太極性が真理であり、同一性(貨幣・資本)を新しい差異(特異性)への創造へと転化し、差異と同一性を即非共振させる方法、即ち、新経済が必要である。ここにおいて、政治や社会の知的精神的姿勢が最重要となる。金融資本による利益に重税をかけて、差異創造、差異保持のために還元させる必要がある。諸生産(物質であれ、情報であれ、精神であれ)による利益には、金融資本の利益に比べて、低い税をかけるべきであるが、公害を発生させる産業に対してはやはり重税(環境税)をかけるべきである。差異を創造するための地盤である教育には、知・精神的レベルの高い内容をもつ情報をもった資本をかけるべきである。
 また医療や福祉に関して採算中心ではない、人間中心に公共投資をすべきである。箱物中心ではない投資である。また、日本では、脱東京中心化を図るため、地周(地域・地方)という差異を積極的に肯定すべきである。ここでも、東京(同一性)と地周(差異)との即非共振性を目指すべきである。相互還流的流動化が必要である。(p.s. 以下、8で述べるが、このためには、新輪廻転生仮説が役に立つ。超越論的構造のもつ同一性主義=利己主義に囚われている限り、資本主義・東京中心主義からは脱却できない。)


7)「元(ハジメ)ちとせ」 の歌(「ワダツミの木」)をラジオでちらと耳にしたが、声のエクリチュールというか、差異共振的であり、共感した。美空ひばりの歌声にもエクリチュールを感じるが、「元(ハジメ)ちとせ」のは、いかにも、現代的な、和洋混淆的な多元的なエクリチュールがあると感じた。CDを聴きたい。
http://www.office-augusta.com/hajime/
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E3%81%A1%E3%81%A8%E3%81%9B
http://www.sonymusic.co.jp/Music/Arch/ES/HajimeChitose/
http://www.hajimechitose.com/
元ちとせ島唄シーン

「元(ハジメ)ちとせ」は、今年の2月にメジャーデビューした若干23歳の女性シンガー。彼女が歌う「ワダツミの木」は、年齢層を越えた今年最大のヒット曲になるのは間違いない。
 独特の節回しをもつ彼女の歌唱法は、出身地である鹿児島県奄美大島島唄に依る。
 島唄の流行は、1980年代、沖縄民謡をベースとしたシンガー・ソングライターやグループの活躍により、静かにスタートする。   そして、93年に山梨県甲府市出身の�ザ・ブーム�が日本の南の旋律を生かした自
作曲、「島唄」をヒットさせたことにより単なる流行から、一つの音楽ジャンルとして定着する。
http://cci.tomakomai.or.jp/dc/dc0206.htm


8)輪廻転生について、あるいは、阿頼耶識(あらやしき)について:又は、フッサール現象学について
 これは、長文なので、別稿にする。


toxandriaの日記へのTB


toxandoria様
サブプライムローンの問題ですが、金融資本は、バーチャルな資本の世界で、バブルへと突進して、崩壊する法則でもあるのではと思います。私は、6で述べたように、同一性という貨幣を差異化する方策を、理論化すべきだと思っています。金融資本は同一性の量的増加しか念頭にないようです。そうではなく、金融資本を差異へと質的に転化する政治経済ないしは社会経済があると思います。
 金融資本に重税をかけて、貧困階層には、減税して、また、医療・福祉等の十全化が可能だと思います。倫理的な面だけでなく、合理的に、その方が、資本が社会総体に豊かに環流する経済になるように思われます。
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070902/p1