PS理論から生命体を考える:試論1:精神と物質

PS理論から生命体を考える:試論1:精神と物質


テーマ:人間の発生


以下は、ゲノムについて簡単に図解してある。


さて、思うに、PS理論から見ると、メディア・ポイントMedia Pointにおける「生命」(=心物)の生成の形式が考えられる。それは、i*(-i)が根源情報であり、それが、現象化によって、思うに、±1化する。つまり、i*(-i)⇒±1である。
 丁寧に考えよう。-1は、純粋同一性化であり、差異が排除・隠蔽されている。確かに、単純な生命体は、これで説明できるかもしれない。物質化とは、(-i)^2で説明できるかもしれない。
 そして、+1が、人間生命体のエンテレケイアを意味するように思える。ここで、差異は、顕在しているのである。差異を認識した同一性である。
 ここで、物質的生命体を考えると、差異がゲノムないし遺伝情報ではないだろうか。これが、潜在ないし顕在する様態で、物質化がなされ、この物質体が、ゲノムないし遺伝情報を核内に内包すると考えられる。つまり、差異がゲノムないし遺伝情報として、物質的に内包されているのである。換言すると、イデア即ち i*(-i)が内包されるのである。
 この点は、微妙である。イデア的情報と物質的情報との対応がなければならないだろう。
 イデア的情報は、即非共振情報である。これを物質化するとき、A, G, C, Tの4つの塩基による対結合という極性を活用しているのではないのか。
 つまり、即非性が二元性に転換されているのである。つまり、イデア即非論理から、物質的構造論理へと転換されているということではないだろうか。これは、物質的生命体については、考えられるだろう。
 問題は、差異ないしイデア的情報が、どう、知的生命体に内包されるのかである。言い換えると、知的生命体における心や知の問題である。
 i*-(-i)の場合は、同一性知が生まれる。これは、物質的生命体的にどういうことなのだろうか。これは、物質的生命体の同一性感覚・知覚ではないだろうか。そして、単純な生命体は、このレベルである。
 では、差異的同一性である+1の場合は、物質的生命体的には、どうなのか。自己と他者とが即非的に共振しているのである。これは、物質的生命体的には何か。
 端的に、これは、物質的生命体的には、『無』に近いのではないだろうか。というのは、精神がここでは、現象しているのであるから。つまり、虚数的超越性が、感知されているのである。「神」の発生と言ってもいいだろう。「叡知」の発生とも言えよう。いわば、超物質的認識ないし霊的認識の発生があるのである。
 物質的生命体は、実数的MPの構造で決定されるとすると、差異的同一性とは、この構造を超えたものである。虚数的MPに関係しているのである。そう、超構造的なのである。
 では、この精神の超構造性と物質(心身)の構造性はどう関係するのか。
 直観で言えば、精神的超構造性は、イデアに関わるので、創造的であり、知恵を生みだす。つまり、生き延びる可能性が強いのである。
 また、精神の超構造性とは、根源的エネルギーであるから、心身を強化する可能性が強いと思うのである。スピノザ哲学的な能動的観念である。
 つまり、進化する可能性を、精神的超構造性はもっていることになろう。それに対して、物質的構造性は、同一性の反復に終始して、退化的である。
 今は、ここで留めたい。
 
ゲノムって何?生きものの基本情報
http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~kato/atgenome/cont02/index.html